さり気ない合宿免許
テールの赤ランプがしょっちゅうつくから、後から見ているとよくわかります。
そんなふうにやたらにブレーキをかけると、ブレーキのドラムの部分がひどく加熱して、その熱によって応力が発生し、ドラムが歪んでしまったり、ブレーキシューの表面が焼けてしまうのです。
こうなるとブレーキがきかなくなって、非常に危険なことになります。
また高熱のために、ブレーキシューをはたらかす油圧用のオイルが沸騰することもあります。
そうすると、オイルのなかに泡が発生して、油圧がぐっと下がり、したがってブレーキがきかなくなり、さらに危険になります。
この現象をベーパーロックと言います。
よけいな音は危険それから、故障というわけではないのですが、近ごろ車で感じることは、ボディー鳴りがうんと減ったということです。
昔はちょっと古くなると、ボディーがしょっちゅうカタカタ鳴っていました。
はなはだしきは、雨がもりました。
自動車のボディーは鉄板と鉄板を溶接してつくられていますから、だいたい溶接した境目からもれてきます。
気がつかないうちに、床のマットの下に水がたまっていて、そのために床の鉄板がさびて穴があくことさえあります。
それからボディー鳴りのやかましい音に加えてミッションの騒音があります。
変速ギアの歯車がだんだん減ってきたり、歪んだりするのです。
そのために、よけいなところで歯と歯がガチガチ当たるのです。
ボディー鳴りというのも、要するにどこかが当たっているのです。
だから、車を運転していて、何かよけいな音がしているという場合は緊張すべきです。
何か変なことが起こっている。
変なものと変なものがぶつかっている音なのです。
もっともトランクルームの中の荷物が音をたてることもよくあるが、その場合は安全ではあります。
しかしエンジニアは、本来あるべきものではない音がしたら、どこかとどこかが当たっているのだから、まず、どこかが歪んでいるか、何かが抜けたか、よけいなものがまぎれこんだか、どれかなどで、かなり神経を病むのです。
まあ、こんなふうな問題が、日常的に至るところで発生しているのです。
自動車が大量生産されて大量に売られ、たくさんの人がそれを買って、たくさんの人がこういうめにあっています。
そして自動車会社に対して、どんどんクレームをつけるのです。
それに対して企業のエンジニアは、一つ一つそれを受け止めて、一つ一つ改良していきます。
それで、設計もつくり方も材料の選び方も改良して、とにかくこわれないようにこわれないように、ずっと努力を続けてきたのです。
今までのお話は、いまから二〇年くらい前のことを言っているのですが、自動車がこの世にあらわれて、人びとがポチポチ使い始めた時代には、このクレームが非常に少ないわけです。
まれな人しか乗らないから、クレームをつける人がまれで、したがって車は年じゅうこわれました。
走っている時間より修理している時間が長い一九世紀の末に、自動車レースというほどではありませんけれども、自動車の競争をしようということになりました。
一八九四年七月二二日です。
パリの西北にルアンというところがあります。
パリとルアン間の七八マイルを、あらゆる車で競争してみようということになり、一〇二台の自動車が申しこみました。
予選があって、五〇キロの距離を四時間以内で走れた車だけが参加できることになりました。
時速五〇キロでおとなしく走っても一時間で到達するはずですが、それを四時間も認めてやったのに、一〇二台のうちで合格できた車は二五台にすぎません。
七七台が不合格でした。
その不合格の理由は、スピードが出ないということではないのです。
スピードは四時間で五〇キロですから、トラブルを起こさなければ、ほぼ時速コーキロで走ればよいのです。
ところが、そもそも半数以上がスタートできず、走りだしても、何度も故障が起こって、何度も直しているうちに、たちまち四時間たってしまう。
だから走っている時間よりも、直す時間のほうが長いということになったのです。
三種類の自動車が競争したレースに実際に参加したものは二四台で、そのうち、ガソリン自動車が一四台、蒸気自動車が六台その他が四台でした。
つまり、この時代はまだガソリン自動車が自動車の本命ではなかったのです。
このころはガソリン自動車と蒸気自動車のほかに、もう一つ電気自動車がありました。
どれがいったい本命になるのか、誰にもわかりません。
たとえばエジソンなどは非常に高性能の電気自動車をつくっています。
現在の鉛蓄電池ではなくて、もっと別のタイプの電池で充電効率も非常にいいし、パワーもじゅうぶん、動力もじゅうぶん出る。
ただ値段が非常に高い。
それで結局エジソンの電気自動車はものにならなかったわけですが、しかし鉛蓄電池の電気自動車は当時かなり走っていました。
それから蒸気自動車というのは、何も石炭をたいて走るわけではなく、石油でボイラーを熱し、その熱い水蒸気が蒸気機関を動かします。
だから蒸気機関車で言うと、石炭ではなくて石油で走る蒸気機関車ということになります。
このころかなり小型の、そういう蒸気機関ができるようになりました。
実は蒸気オートバイのようなものさえあったくらいです。
蒸気機関で自動車を動かすというのはごく自然だったのです。
蒸気自動車のトップの秘密さて、ルアンに到着したのは何台かというと、ガソリン自動車は一三台が到着しました。
蒸気自動車はたった一台しか到着していません。
しかしいちばん速く着いたのは蒸気自動車だったのです。
ドーディオンー自動車の設計者として歴史に残る有名な人で、現にドーディオンーアクスルという現在でもよくつかわれている懸架装置があります。
この蒸気自動車が一番で到達しました。
「馬のない馬車」というのは、この自動車のことを言うのです。
つまり、二人乗りの四輪馬車を引っ張る馬のかわりに、彼のエンジンのついた運転部分がついている。
馬車で言えば、御者台のところに自動車のエンジンがあるわけで、そこに小さな車輪が二つあります。
後ろは大きな四輪ですから、あわせて六輪です。
これがまっ先にゴールに到着しました。
つまり、このドーディオンの車がいちばん故障しなかったのです。
ということは、ドーディオンは当時動いていた馬車のメカニズムをそのままボディーに使い、当時すでにかなり走っていた自動車用の蒸気エンジンを使った。
だから実は両方とも新しいガソリン自動車にくらべて、非常に安定したボディーと安定したエンジンなのです。
ものの本によると、彼はゆうゆうと自動車を止めて昼飯を食べていた。
ほかのどの車よりも彼は時間を空費していたのだそうです。
ただし操縦が安定せず、道路からはずれてジャガイモ畑の中に入って、ジャガイモ畑を荒らしながら走ったりなどもしたそうです。
それでもトップです。
ですから、ほかの車がいかに不安定で、走っている時間よりも故障を直している時間のほうがいかに長かったかがわかります。
自転車から借りたチェーンもスポークもこわれたいまではエンジンと車輪との間にはプロペラシャフトという長い棒のようなものがクルクル回っていて、それが後輪にエンジンの動力を伝えています。
しかし、そのころは動力伝達機構に自転車のメカニズムを使っていたのです。
合宿免許の専門家の指南をうけてみましょう。合宿免許の世界へあなたをお招き致します。
合宿免許対策の予備知識が満載です。一日で効果がわかる合宿免許です。
合宿免許を選んでみました。プロユーザー御用達の合宿免許です。
information Scheduled
Tue Dec 2 04:00 PM
